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前回の記事では、新規事業の全体像を示す地図「フィットジャーニー」について解説しました。その記念すべき第一歩であり、事業の成否を9割決めると言っても過言ではない、最も重要なフェーズが「CPF(カスタマープロブレムフィット)」です。
多くの新規事業が失敗する最大の原因は、技術力不足でも、デザインの悪さでもありません。それは、「誰も欲しがらないものを作ってしまう」こと。つまり、このCPFを軽視し、顧客が抱える「課題」の存在を確かめずにプロダクト開発に突き進んでしまうからです。
家を建てる時、誰もがいきなり壁や屋根から作り始めたりはしません。まずは強固な「基礎工事」を行います。CPFは、まさに事業という家を建てるための基礎工事。この基礎がグラグラでは、どんなに立派なプロダクト(家)を建てても、いずれ崩れ去ってしまいます。
今回は、この最重要フェーズであるCPFとは何か、そしてそれを達成するための具体的なステップを徹底的に解説します。
CPFとは?「良い課題」が持つ3つの条件
CPF(Customer Problem Fit)をシンプルに定義すると、「特定の顧客セグメントが、お金を払ってでも解決したいほどの"深い痛み"を伴う課題を抱えている、と確信が持てている状態」です。
ここで重要なのは、単なる「不満」や「不便」ではなく、事業として成立しうる「良い課題」を見つけることです。「良い課題」は、以下の3つの条件を満たしています。
1. 痛みが深い (Painful)
その課題は、顧客が「あったら嬉しい(ビタミン)」レベルではなく、「ないと困る(鎮痛剤)」レベルの強い痛みを伴っていますか? 顧客が日常的にその課題に悩み、無視できないほどのストレスを感じている状態が理想です。
2. 顧客層が明確 (Specific)
「誰」の課題なのか、具体的に定義できますか? 「20代女性」のような曖昧なターゲット設定では不十分です。「都内で働く20代後半の独身女性で、キャリアアップに悩んでいるが相談相手がいない」というように、解像度高く顧客像をイメージできている必要があります。
3. 解決に価値を感じる (Valuable / Urgent)
その課題を解決するためなら、顧客はお金や時間を投資する意欲がありますか? もし、顧客がその課題を解決するために何も行動しておらず、お金も時間も使っていないなら、それは「良い課題」とは言えない可能性が高いです。
CPFを達成するための4つの実践ステップ
では、どうすればこの「良い課題」を見つけ出し、CPFを達成できるのでしょうか。机上の空論では何も始まりません。答えはすべて顧客の中にあります。
STEP 1: 仮説を立てる(課題の構造化)
まずは、自分たちが「こうではないか?」と考えている課題を、検証可能な仮説の形に言語化します。
- 誰が (Customer): (例)中小企業のマーケティング担当者
- どんな状況で (Situation): (例)複数のSNSアカウントを一人で運用している時
- どんな課題を抱えているか (Problem): (例)投稿コンテンツの制作に時間がかかりすぎ、効果測定まで手が回らない
この「誰が・どんな状況で・どんな課題を」という構造で仮説を整理することで、チームの認識が揃い、検証の的が絞られます。
Hint: Inovie Baseの「仮説構造化フォーム」は、この最初のステップで曖昧なアイデアを明確な仮説に落とし込むプロセスを強力にサポートします。
STEP 2: 顧客インタビューの準備をする
仮説が立ったら、それを検証するために顧客に会いに行きます。インタビューの目的は「プロダクトを売り込むこと」ではなく、「顧客の課題と現実を学ぶこと」です。
- 誰に聞くか?
STEP 1で定義した顧客像に合致する人を探します。知り合いの紹介、SNSでの募集、ビザスクのようなスポットコンサルサービスなどを活用しましょう。 - 何を聞くか?
未来のこと(「もしこんなアプリがあったら使いますか?」)を聞いてはいけません。人は未来を予測できません。聞くべきは「過去の具体的な行動」です。
STEP 3: 顧客インタビューを実行する(課題の深掘り)
インタビューでは、あなたが「先生」ではなく「生徒」になることが重要です。ひたすら学び、共感し、深掘りします。
NGな質問 👎
- 「〇〇という課題はありませんか?」(誘導尋問)
- 「こんなアプリがあったら、月額1,000円払いますか?」(意味のない質問)
OKな質問 👍
- 「〇〇(課題)について、最近困った時のことを具体的に教えてください」
- 「その課題を解決するために、過去に何か試したことはありますか?」
- 「(もし何か試していたら)その時、どうやってそれを見つけましたか? お金はかかりましたか?」
この「過去の行動」に関する質問こそが、課題の痛みや顧客の本気度を測るための最強のツールです。
STEP 4: 学びを抽出し、仮説を更新する
インタビューが終わったら、得られた「事実」を元に、最初の仮説を評価します。
- 証明された (Validated): 多くの人が仮説通りの課題を、熱量高く語ってくれた。
- 棄却された (Invalidated): そもそも課題が存在しないか、痛みが浅いことがわかった。
- 要修正 (To be modified): 課題は存在するが、顧客層や状況が少しズレていた。
このサイクルを何度も何度も回し、仮説の精度を高めていく。これこそがCPF達成への道のりです。
CPF達成のシグナルは?
「いつまでインタビューを続ければいいの?」という疑問が湧くでしょう。CPF達成には、明確な定量的指標はありませんが、強力な定性的シグナルが存在します。
- 課題の再現性: 複数のインタビューで、まるで示し合わせたかのように同じ課題やストーリーが語られるようになる。
- 顧客の熱量: 顧客が課題について語る時、前のめりになったり、身振り手振りが大きくなったりする。
- 前のめりな質問: 「で、その解決策はいつできるの?」「すぐ使いたいんだけど!」と顧客側から催促される。
- 涙ぐましい努力(ハック)の発見: 顧客がExcelマクロや複数のツールの組み合わせなど、独自の方法でお金や時間をかけて、すでに課題を解決しようと努力している痕跡が見つかる。
これらのシグナルが複数見られるようになったら、あなたはCPF達成にかなり近づいていると言えるでしょう。
まとめ:すべての答えは顧客の中にある
CPFは、新規事業の成功を左右する最も重要な基礎工事です。このフェーズで手を抜けば、その後の努力はすべて水の泡となります。
幸いなことに、CPFを達成する方法はシンプルです。「オフィスを出て、顧客と話すこと」。これに尽きます。あなたの頭の中にある完璧なアイデアよりも、一人の顧客が語る生々しい現実の方が、何百倍も価値があるのです。
さあ、この記事を読んだら、今すぐ最初の顧客インタビューのアポイントを取りに行きましょう。そこから、あなたの事業のすべてが始まります。
CPFという強固な土台を築けたら、次はいよいよ「解決策」の検証フェーズです。
次回は、『PSF(プロブレムソリューションフィット)とは?プロダクト開発前に"売れるコンセプト"を証明する方法』を解説します。