
スタートアップや新規事業の現場で、魔法の言葉のように唱えられるフレーズがあります。
「我々は、リーンにBMLループを高速で回しています!」
BMLループ、すなわち「Build(構築)→ Measure(計測)→ Learn(学習)」。このサイクルを回すことこそ、現代のプロダクト開発の常識であり、成功への最短ルートだと信じられています。しかし、その実態をよく観察してみると、こんな光景が繰り広げられてはいないでしょうか?
- Build: ほとんどの時間が「とにかく作ること」に費やされている。
- Measure: 計測しているのは、PVやダウンロード数といった聞こえの良い数字だけ。
- Learn: 振り返りミーティングは、「まあまあ良かった」「次はもっと頑張ろう」という感想会で終わる。
一見、サイクルは回っているように見えます。しかし、これはBMLループの皮を被った、単なる「行き当たりばったりの開発サイクル」に過ぎません。これでは、事業は決して前進しません。なぜなら、そこには事業成長の核となる「学習」が存在しないからです。
BMLループは、プロダクトを作るための手順書ではありません。それは、事業を成長させるための「科学的学習エンジン」です。
今回は、形骸化したBMLループを、本当に事業を前進させる「エンジン」へと変貌させるための、具体的な作り方をご紹介します。
大原則:「開発者」ではなく「科学者」になれ
本題に入る前に、最も重要なマインドセットを共有しましょう。あなたの役割は、プロダクトを完成させる「開発者」である前に、未知の真実を探求する「科学者」であるべきです。
開発者のゴールは「作ること」です。一方、科学者のゴールは「仮説を立て、実験によって検証し、新たな知見(学び)を得ること」。この視点の転換こそが、BMLループをエンジンたらしめる第一歩です。主役はBuildではなく、MeasureとLearnなのです。
このマインドセットを胸に、エンジンを構築する3つのステップを見ていきましょう。
ステップ1: Build – 「思いつき」ではなく「仮説」から始めよ
エンジンの最初の工程は「Build」ですが、多くのチームがここで最初の過ちを犯します。
悪いやり方 👎
「こんな機能があったら、ユーザーは喜ぶに違いない」という、希望的観測や思いつきをベースに、いきなり開発を始める。
良いやり方 👍
開発に着手する前に、検証したい「仮説」を文章で明確に定義すること。これこそが「科学の作法」です。仮説は、以下のフォーマットで記述することを強く推奨します。
「我々は、[特定のターゲット顧客]が[特定の課題]を解決するために、[我々のソリューション]を導入すれば、[特定の行動(指標)]が[特定の数値]に変化すると信じている」
例えば、「我々は、フリーランスのデザイナーが請求書作成の手間を解決するために、AIによる自動入力機能を導入すれば、請求書1枚あたりの作成時間が平均3分以下になると信じている」といった具合です。
この仮説があることで、初めて次の「Measure(計測)」と「Learn(学習)」が意味を持ちます。何を作るか(Build)の前に、何を検証したいのか(Learn)を定義するのです。
ステップ2: Measure – 「虚栄」ではなく「事実」を測れ
仮説を立て、最小限のプロダクト(MVP)を構築したら、次は「Measure(計測)」のフェーズです。しかし、ここにも大きな罠が潜んでいます。
悪いやり方 👎
サービスのPV、アプリのダウンロード数、SNSの「いいね」の数といった「虚栄の指標(Vanity Metrics)」を眺めて一喜一憂する。これらの指標は、事業の本質的な健全性を示さず、自己満足に繋がりやすい危険な数字です。
良いやり方 👍
ステップ1で立てた仮説を検証できる「実用的な指標(Actionable Metrics)」を、事前に定義し、計測すること。この指標は、あなたのチームの次の行動に直接結びつくものでなければなりません。
例えば、先ほどの仮説であれば、計測すべきはPV数ではなく「請求書1枚あたりの平均作成時間」です。そして、「平均3分以下になる」という成功基準をあらかじめ設定しておくことが重要です。この基準に達したのか、達しなかったのか。その事実を客観的なデータで捉えることが「科学的な計測」です。
ステップ3: Learn – 「感想」ではなく「決断」をせよ
エンジンの最終工程であり、最も重要なのが「Learn(学習)」です。ここで得られる燃料(学び)の質が、事業の推進力を決定づけます。
悪いやり方 👎
「ユーザーからの反応は、概ねポジティブでした」「いくつかの課題が見つかりました」といった、曖昧な感想や所感で終わらせてしまう。これでは何も学んだことになりません。
良いやり方 👍
計測した「事実(データ)」を、最初に立てた「仮説」と照らし合わせ、「仮説は正しかったか? それとも、間違っていたか?」を明確に判断し、次のアクションを「決断」することです。
この決断には、2つの道しかありません。「継続(Persevere)」か「方向転換(Pivot)」です。
- 仮説が正しかった場合(継続): なぜ正しかったのかを深く分析し、その学びを次の仮説(機能の横展開や、さらなる改善など)に活かします。成功体験を再現可能なものにするのです。
- 仮説が間違っていた場合(方向転換): これこそがBMLループの真骨頂です。これは「失敗」ではありません。時間とリソースを無駄にする前に、その道が間違いだとわかった「極めて価値の高い学習」です。なぜ仮説は間違っていたのか?顧客の課題認識が違ったのか?ソリューションがズレていたのか?その原因を徹底的に突き止め、戦略の方向転換(ピボット)を決断します。
この「決断」を伴って初めて、サイクルは次のフェーズへと力強く進んでいくのです。
まとめ:あなたの仕事は「作ること」ではなく「学ぶこと」
BMLループは、Build → Measure → Learn という単語の順序に惑わされてはいけません。その本質は、「学びたいこと(仮説)を定義し(L)、それを検証するために作り(B)、データで客観的に判断し(M)、次の行動を決断する(L)」という、科学的な学習プロセスそのものです。
あなたのチームが回しているそのループを、もう一度見直してみてください。
それは、ただ車輪を空回りさせているだけの「開発サイクル」ですか?
それとも、明確な目的地に向かって事業を力強く前進させる「科学的学習エンジン」ですか?
今日からあなたも「開発者」の帽子を脱ぎ、「科学者」の白衣を羽織ってみましょう。そして、あなたの事業を次のステージへと加速させる、本物のBMLループを構築していくのです。