新規事業

【保存版】新規事業担当者のための「仮説検証用語集」完全ガイド

【保存版】新規事業担当者のための「仮説検証用語集」完全ガイド

「このMVPでトラクションを計測し、SPFを達成してPMFに向けたバリデーションを進め、GTM戦略を策定しよう」

新規事業の企画会議において、このような会話が交わされる光景は、もはや珍しいものではなくなりました。

リーンスタートアップをはじめとする「仮説検証」の概念がビジネスの現場に広く浸透するにつれ、関連する専門用語も当たり前のように使われています。これは、事業開発を個人の勘や経験則だけに頼るのではなく、客観的なデータと学習に基づいて推進する上で、非常に重要な進歩と言えるでしょう。

なぜ「言葉の解像度」が事業の成否を分けるのか?

次のような状況に、心当たりはないでしょうか。

  • PMF(プロダクト・マーケット・フィット)という目標を掲げているが、その定義や達成基準がチーム内で共有されていない。
  • 「まずMVPを開発しよう」という方針は決まったものの、何をもって「最小限」で「価値がある」とするのかが曖昧なまま進行している。
  • 「SPFとPMFの違い」や「GTMとマーケティング戦略の関係」など、本質的な疑問が未解決のまま議論が進んでしまう。

こうした言葉の定義の曖昧さは、チームの認識にズレを生み、開発の手戻りや意思決定の遅れといった深刻なリスクに直結します。

本稿は、この課題を解決するための実務的な「用語集」です。新規事業で頻出する用語について、単なる定義の紹介に留まらず、「なぜ重要か」「各用語がどう繋がるか」を体系的に解説します。

チーム全員が同じ言葉で語れる「共通言語」を構築するために。ぜひこの記事を「保存版」としてご活用いただき、事業戦略の精度向上にお役立てください。


基本概念 - すべての土台となる「思考のOS」

新規事業開発を成功に導くためには、まずその活動の根幹をなす基本的な概念を正確に理解し、チームの共通認識としなければなりません。この章で解説する用語は、いわばチームの思考様式を統一するための「OS」です。これらの言葉を正しく使いこなすことで、議論の生産性は飛躍的に向上し、事業推進の精度が高まります。

1-1. 仮説 (Hypothesis)

  • 【定義】
    まだ証明はされていないが、現時点で最も確からしいと考えられる「仮の答え」のこと。ビジネスにおいては、「もし〇〇という状況の顧客に、△△という解決策を提供すれば、□□という行動を取る(結果になる)はずだ」という、検証可能な構造で記述された文章を指します。
  • 【なぜ重要か】
    事業の成否を分ける「検証すべき論点」を明確にするためです。漠然とした「アイデア」のままでは、何をどのように検証すれば良いかが定まりません。「仮説」という形式に落とし込むことで、初めて客観的な検証対象となり、チームが取り組むべき課題が具体化します。事業開発とは、この仮説を一つひとつ検証し、精度を高めていく知的プロセスそのものです。
  • 【実務での使い方・例文】

    「今回のMVPで検証したい仮説は、『顧客課題仮説』と『ソリューション仮説』の2点です」

    「そのアイデアは興味深いですが、まずは検証可能な仮説の形に整理してください」

  • 【混同しやすい言葉との違い】

    アイデア: 「〜があったら良いな」という着想や願望。それ自体は検証が困難です。

    仮説: 上記の通り、検証可能な構造(顧客・課題・解決策・結果など)を持つ文章。アイデアを事業へと昇華させるための、最初の重要なステップです。

1-2. 仮説検証 (Hypothesis Testing)

  • 【定義】
    構築した仮説が正しいかどうかを、客観的な事実やデータ(エビデンス)に基づいて確かめる一連の活動を指します。具体的には「Build(構築)- Measure(計測)- Learn(学習)」というサイクルを回すプロセスそのものを意味します。
  • 【なぜ重要か】
    事業開発を、個人の勘や思い込みに依存する「博打」から、学びを体系的に積み重ねて成功確率を高めていく「科学的なプロセス」へと転換させるためです。これにより、リソースの浪費を最小限に抑え、失敗からも次につながる資産(学び)を得ることが可能になります。
  • 【実務での使い方・例文】

    「次週のスプリントでは、この仮説検証に集中します」

    「仮説検証の結果、この機能は顧客にとって重要でないと判断しました」

1-3. バリデーション (Validation)

  • 【定義】
    「検証」という行為そのものを指す言葉です。特に、顧客や市場に関する仮説が「正しい(Validである)」と確かめる、というニュアンスで使われることが多く、「妥当性の確認」とも訳されます。
  • 【なぜ重要か】
    自分たちの思い込みではなく、市場の事実に基づいて事業を推進しているという確証を得るためです。この確証は、社内の意思決定者や投資家に対する説明責任を果たす上でも不可欠な要素となります。
  • 【実務での使い方・例文】

    「まずはユーザーインタビューを通じて、顧客課題が本当に存在するのかバリデーションを取りに行きましょう」

    「この価格設定で問題ないか、LPの反応率でバリデーションします」

  • 【混同しやすい言葉との違い】

    仮説検証: 仮説を立て、検証し、学習するというサイクル全体の活動を指します。

    バリデーション: そのサイクルの中の「検証」という個別のアクションを指す場合が多いです。「この仮説検証の目的は、〇〇をバリデーションすることです」のように、目的として使われます。

1-4. エビデンス (Evidence)

  • 【定義】
    仮説が正しい、あるいは間違っていることを示す、客観的な証拠。ユーザーインタビューでの具体的な発言、アンケート結果、MVPの利用データ(行動ログ)、課金情報などがこれに該当します。
  • 【なぜ重要か】
    チーム内における主観的な意見の対立(「私はこう思う」「いや、こちらの方が良いはずだ」)を収束させ、データに基づいた合理的な意思決定を行うための唯一の根拠となるからです。
  • 【実務での使い方・例文】

    「その仮説を支持するエビデンスは何ですか?」

    「今回のユーザーテストで、非常にポジティブなエビデンスが得られました。次のアクションに進みましょう」

1-5. 学習(学び) (Learning)

  • 【定義】
    仮説検証で得られたエビデンスを解釈し、「当初の仮説は正しかったか」「どこが違ったか」「新たな発見は何か」を言語化し、次のアクションに繋げる知的活動です。「Build-Measure-Learn」サイクルの根幹をなします。
  • 【なぜ重要か】
    検証活動を「やりっぱなし」で終わらせず、組織の知識・資産として蓄積し、事業の成功確率を高めるためです。学習なき検証は、単なる作業に過ぎません。
  • 【実務での使い方・例文】

    「今回の検証から得られた最大の学習は、顧客が想定とは全く異なる動機で製品を利用していたことです」

    「スプリントレビューでは、今回の検証から得られた学びを全員で共有しましょう」

1-6. インサイト (Insight)

  • 【定義】
    収集したエビデンス(事実)を分析・統合することで見出される、物事の本質を突いた発見や「洞察」のこと。顧客の隠れたニーズや行動の背景にある動機など、次の具体的なアクションのヒントとなる深い気づきを指します。
  • 【なぜ重要か】
    単なるデータの羅列から、事業を大きく前進させる「次の一手」を生み出すためです。エビデンスが「何が起きたか(What)」を示すのに対し、インサイトは「なぜそれが起きたか(Why)、だから何をすべきか(So What)」を明らかにします。
  • 【実務での使い方・例文】

    「多くのユーザーがこの画面で離脱している、というのがエビデンスです。深掘りした結果、彼らは次の操作を不安に感じている、というインサイトを得ました」

1-7. ピボット (Pivot)

  • 【定義】
    仮説検証と学習の結果、当初掲げた戦略の根幹(ターゲット顧客、課題、ソリューションなど)が誤っていたと判断した場合に、事業の方向性を大きく転換すること。「戦略的軌道修正」とも言えます。
  • 【なぜ重要か】
    誤った戦略に固執し、リソースを浪費し続けることを防ぐためです。失敗を早期に認め、検証で得た学びを基に新たな仮説へとリソースを再配分することは、事業を成功に導くための合理的な意思決定です。
  • 【実務での使い方・例文】

    「当初のターゲット層からは十分な反応が得られなかったため、より課題の切実な別セグメントへのピボットを検討します」

    「このビジネスモデルではLTVが想定を大幅に下回ることが判明したため、マネタイズ戦略をピボットします」


フィットジャーニー編 - 事業の成長段階を理解するロードマップ

新規事業がアイデアの段階から市場に受け入れられ、持続的な成長を遂げるまでには、いくつかの「フィット」と呼ばれる段階を順番にクリアしていく必要があります。この一連のプロセスを「フィットジャーニー」と呼びます。

このジャーニーを理解することは、自社の事業が今どの地点にいるのか、次に何を達成すべきなのかを正確に把握するためのロードマップとして機能します。闇雲に進むのではなく、各段階で達成すべき目標を明確にすることで、リソースを最も効果的な活動に集中させることができます。

【図解】フィットジャーニーの全体像

事業の成長は、以下の連鎖的なフィットの達成によって実現されます。前の段階のフィットが、次の段階の土台となります。

[ 課題 ]
 ↓
CPF (Customer Problem Fit) の達成

顧客に解決すべき課題が存在することを証明する
 ↓
[ 課題 × 解決策 ]
 ↓
PSF (Problem Solution Fit) の達成

我々の解決策が、その課題に対して魅力的であることを証明する
 ↓
[ 解決策 × 製品 ]
 ↓
SPF (Solution Product Fit) の達成

解決策を製品として実装し、顧客に価値を提供できることを証明する
 ↓
[ 製品 × 市場 ]
 ↓
PMF (Product Market Fit) の達成

製品が市場に受け入れられ、事業として自走できることを証明する
 ↓
[ 市場 × チャネル ]
 ↓
GTM (Go-to-Market) 戦略の策定・実行

製品を市場に効率的に届け、成長を加速させる仕組みを構築する
 ↓
[ 事業成長 ]


以下、各フィット段階について詳述します。

2-1. CPF (Customer Problem Fit):すべての始まり

  • 【定義】
    特定の顧客セグメントが、特定の課題を「お金や時間を払ってでも解決したい」と強く感じていることが証明された状態。
  • 【なぜ重要か】
    CPFは、全ての事業活動の出発点です。もし解決しようとしている課題が顧客にとって重要でなかったり、そもそも存在しなかったりする場合、どんなに優れた製品を作っても誰にも必要とされません。「存在しない課題」や「どうでもいい課題(Nice to have)」の解決を目指す事業は、必ず失敗します。CPFの検証は、事業の土台となる最も重要なステップです。
  • 【実務での使い方・例文】

    「まずはターゲット顧客へのインタビューを通じて、CPFの検証に集中しましょう」

    「複数の顧客層で試しましたが、CPFが最も強いのはこの層でした。ここにリソースを投下します」

  • 【主な検証方法】

    ユーザーインタビュー(顧客の行動や課題の深さをヒアリング)

    顧客の行動観察

    既存の代替ソリューション(競合製品や代替手段)の分析

  • 【達成の目安・チェックポイント】

    顧客がその課題を解決するために、既にお金や時間、労力といったコストを支払っているか?

    既存の代替ソリューションに対して、明確な不満を抱いているか?

2-2. PSF (Problem Solution Fit):アイデアが「欲しい」に変わる瞬間

  • 【定義】
    CPFで特定した課題に対し、こちらが提案する解決策(ソリューション)のコンセプトが、顧客にとって魅力的であり「それなら欲しい」と認められている状態。まだ製品がなくても、コンセプト説明や資料だけで強い導入意欲を引き出せている状態を指します。
  • 【なぜ重要か】
    「顧客に課題があること」と、「我々の解決策がその顧客にとって魅力的であること」は全く別の問題だからです。このフィットを達成して初めて、その解決策を製品として開発する価値が生まれます。PSFは、本格的な開発に着手する前の、重要な「GO / NO GO」判断の材料となります。
  • 【実務での使い方・例文】

    「CPFは確認できたので、次はソリューションのコンセプト資料でPSFを検証するフェーズです」

    「顧客はこの課題に困ってはいるものの、我々のソリューションには魅力を感じていないようです。PSFが得られていないため、コンセプトを練り直す必要があります」

  • 【主な検証方法】

    ソリューションインタビュー(コンセプトを提示し、反応を見る)

    コンセプトテスト(LP型MVPやモックアップを使用)

    価値提案(UVP)の検証

  • 【達成の目安・チェックポイント】

    まだ製品が存在しない段階で、顧客が対価(お金、事前登録、協力時間など)を支払う意思を示しているか?

    コンセプトを聞いた顧客が「いつから使えますか?」と身を乗り出してくるか?

2-3. SPF (Solution Product Fit):「コンセプト」から「使えるプロダクト」へ

  • 【定義】
    PSFで魅力的だと評価された解決策を、実際にプロダクトとして実装し、それが顧客に受け入れられ、想定通りに価値を提供できている状態。「コンセプト通りに機能し、価値ある製品が作れた」と証明された状態です。
  • 【なぜ重要か】
    優れたコンセプトも、使いにくかったり、動作が不安定だったりする製品として実装されては、その価値を発揮できません。UI/UXの設計ミス、技術的な制約、性能の低さなどが原因で、コンセプトの魅力が失われることは頻繁に起こります。SPFは、「我々は価値ある製品を『作る』ことができるか」を問う、実行能力の証明です。
  • 【実務での使い方・例文】

    「PSFは取れましたが、実際に作ったMVPは操作が複雑で、顧客は価値を体験できていません。SPFに課題があります」

    「このMVPは、コア機能がコンセプト通りに機能しており、高いSPFを達成できたと判断します」

  • 【主な検証方法】

    プロトタイプテスト、ユーザビリティテスト

    クローズドベータテスト

    MVPを通じたユーザーの利用状況分析(継続率、主要機能の利用頻度など)とフィードバック収集

  • 【達成の目安・チェックポイント】

    MVPを試用したユーザーが、その製品のコア機能に価値を感じ、継続的に利用しているか?

    ユーザーから「(多少の不具合はあっても)この機能は便利だ」「もう手放せない」といった肯定的なフィードバックが得られているか?

2-4. PMF (Product Market Fit):事業が自律的に成長する段階

  • 【定義】
    SPFを達成した製品が、適切な市場(十分な数の顧客が存在する市場)に受け入れられ、事業として自律的に成長していく仕組みが機能し始めた状態。口コミが自然発生し、解約率が低く安定し、ユニットエコノミクス(LTV/CAC)が健全な状態を指します。
  • 【なぜ重要か】
    PMFは、事業が研究開発フェーズを終え、本格的な成長(スケール)フェーズへ移行できるかどうかの分水嶺です。PMF達成前に多額の広告費や営業人員を投下しても、それは穴の空いたバケツに水を注ぐようなもので、リソースを浪費するだけに終わります。PMFは、事業への本格的な投資を開始する「GOサイン」です。
  • 【実務での使い方・例文】

    「我々の製品はまだPMFを達成していません。マーケティング投資は時期尚早です」

    「『この製品がなくなったら非常に困る』と答えたユーザーが40%を超えました。PMFの兆候が見られます」

  • 【主な検証方法】

    定量的指標による判断が中心となる

    NPS(ネットプロモータースコア)調査

    リテンションカーブ(継続率の推移)の分析

    口コミや紹介経由での新規顧客獲得比率の計測

    ユニットエコノミクス(LTV/CAC比)の算出

  • 【達成の目安・チェックポイント】

    ショーン・エリスの質問:「この製品がなくなったらどう思いますか?」に対し、40%以上のユーザーが「非常に困る」と回答するか?

    リテンションカーブが、時間経過後も0に収束せず、一定の割合で平坦(横ばい)になっているか?

    LTV(顧客生涯価値)がCAC(顧客獲得コスト)を十分に上回っているか?(一般的に3倍以上が目安)

2-5. GTM (Go-to-Market):「良いもの」を「売れるもの」に変える戦略

  • 【定義】
    PMFを達成した製品を、どの顧客に、どのようなチャネルで、どのようなメッセージで届けていくかという、市場投入と事業拡大のための包括的な戦略。マーケティング、セールス、プライシング、チャネル戦略などを統合した、事業全体の実行計画です。
  • 【なぜ重要か】
    PMFが「何を売るか」を確立するプロセスだとすれば、GTMは「それをどうやって効率的かつ大規模に売るか」を定義するプロセスです。PMF後の事業の成長角度は、このGTM戦略の巧拙によって大きく左右されます。
  • 【実務での使い方・例文】

    「PMFを達成したと判断し、次の四半期からGTM戦略の実行フェーズに移行します」

    「我々のGTM戦略は、コンテンツマーケティングによるインバウンドセールスを主軸とします」

    「この販売チャネルはCPAが高すぎるため、GTM戦略の見直しが必要です」

  • 【GTM戦略に含まれる主な要素】

    ターゲット市場・顧客セグメントの再定義

    プライシング(価格戦略)

    販売チャネル戦略(直販、代理店、オンラインなど)

    マーケティング・プロモーション戦略

    セールスプロセス(インサイドセールス、フィールドセールスなど)

    カスタマーサクセス体制


MVP編 - 学びを最大化する「実験の道具箱」

前章で解説したフィットジャーニーを進むためには、仮説を検証するための具体的な「乗り物」や「道具」が必要です。その代表格がMVP (Minimum Viable Product) です。しかし、この言葉は現場で最も誤解されやすい用語の一つでもあります。

この章では、MVPの本質を正しく理解し、検証したい仮説や事業フェーズに応じて、適切な種類のMVPを使い分けるための知識を解説します。MVPは単一のものではなく、目的に応じて様々な形態をとる「実験の道具箱」なのです。

3-1. MVP (Minimum Viable Product) の本質

定義
MVPとは、顧客に「Viable(価値ある)」な体験を提供でき、かつ、仮説検証のための「Learning(学び)」を最大化できる、最小限の「Minimum(最小限)」の労力で作られたプロダクト(またはその原型)を指します。

現場の誤解と本来の目的
現場でよくある誤解は、MVPを「単に機能が少ない不完全な製品」と捉えてしまうことです。しかし、MVPの主目的は売上を上げることや製品を完成させることではありません。最小限のコストと時間で市場に投入し、「自分たちの仮説が正しいか」を検証し、最も重要な「学び」を得ることにあります。不確実性の高い新規事業において、失敗のリスクを最小化するための極めて合理的なアプローチです。

MVPとPoCの明確な違い
MVPとしばしば混同されるのが「PoC(Proof of Concept / 概念実証)」です。この二つは目的が全く異なるため、明確に区別する必要があります。

比較項目

MVP (Minimum Viable Product)

PoC (Proof of Concept)

主目的

価値検証:顧客がその製品を欲しがるか

技術検証:アイデアを技術的に実現できるか

主な対象

顧客・市場

社内の開発者・関係者

中心的な問い

「これは売れるか?(価値があるか?)」

「これは作れるか?(実現可能か?)」

アウトプット

顧客が触れる製品・サービス

実現可能性を示すデモや実験結果

PoCが成功しても、顧客に価値がなければ事業は成功しません。逆に、MVPで価値が証明されても、技術的に実現できなければ製品化はできません。両者は事業開発の両輪であり、混同すると顧客不在の製品開発や、実現不可能な計画につながるリスクがあります。

3-2. 目的別MVPカタログ:仮説検証フェーズに応じた使い分け

MVPは検証したい仮説(CPF, PSF, SPF)によって、その形態を変えます。ここでは代表的なMVPを、主にどのフィット段階の検証に適しているかで分類し、解説します。

この段階では、「製品を実際に作らずに」ソリューションのコンセプトが顧客に響くかを検証することが目的です。

LP型MVP (ランディングページ型MVP)

製品やサービスを説明するウェブページ(LP)だけを作成し、「事前登録」や「資料請求」といったボタンを設置します。そのクリック率や登録率を計測することで、ソリューションコンセプトに対する顧客の「興味・関心度」を定量的に測定します。開発コストをかけずに、最も手軽にPSF仮説を検証できる手法の一つです。

動画MVP

製品の操作イメージや利用シーンをアニメーションや実写の動画で表現し、LPやSNSで公開します。静的なテキストや画像だけでは伝わりにくい「体験価値」をリアルに伝え、顧客の反応を見る手法です。動画の再生数や、視聴後の事前登録率などが検証指標となります。

この段階では、「最小限の実装で」コンセプト通りの価値をユーザーが体験できるかを検証します。

コンシェルジュ型MVP

システムによる自動化を一切行わず、サービスの裏側をすべて人間が「コンシェルジュ」のように手動で提供する形態です。例えば、マッチングサービスであれば、担当者が手作業でユーザー同士を引き合わせます。顧客と直接やり取りすることで、オペレーション上の課題や、顧客が本当に価値を感じるポイントを解像度高く理解できる点が最大のメリットです。

オズの魔法使い型MVP

ユーザーから見るとシステムが自動で動いているように見えますが、その裏側では人間が手動で処理を行っている形態です。「コンシェルジュ型」と異なり、顧客は裏側の仕組みを知りません。これにより、理想的なUX(ユーザー体験)を提示した際に、顧客がどのような反応・行動を取るかを検証できます。将来的な自動化の前に、手動でオペレーションを確立したい場合に有効です。

生成AI活用型MVP

ChatGPTに代表される生成AIのAPIなどを活用し、自社でゼロから開発すると膨大なコストがかかる「知的機能(文章生成、要約、画像認識など)」を、最初からプロダクトのコア機能として提供するMVPです。従来のMVPでは難しかった「本物さながらのプロダクト体験」を初期段階から提供できるため、より質の高いSPF検証が可能になります。特にAI関連サービスの開発において強力な手法です。

既存ツール組み合わせ型MVP (フランケンシュタイン型MVP)

Airtable, Zapier, Stripe, Googleフォームなど、既存のSaaSツールを複数組み合わせることで、一つのサービスとして機能させるMVPです。コーディングを最小限に抑え、素早く製品のプロトタイプを構築できます。様々なツールを「つぎはぎ」することから、フランケンシュタイン型とも呼ばれます。


その他・関連用語集 - 解像度をさらに高めるキーワード

これまでの章で解説した基本概念やフィットジャーニーを理解した上で、ここで紹介する関連用語を把握することで、事業戦略に関する議論はさらに円滑になり、その解像度も一段と高まります。これらは、日々の業務や会議で頻繁に登場する重要なキーワードです。

事業フェーズ・状態に関する用語

死の谷 (Death Valley)

製品の研究開発が終わり、事業が収益化して安定するまでの間にある、資金やリソースが枯渇しやすい非常に困難な期間を指します。特に、SPFを達成してからPMFに至るまでの道のりは長く険しいことが多く、この期間を乗り越えられるかどうかが事業の存続を左右します。

スケール (Scale)

事業を拡大・成長させることです。一般的に、PMFを達成した後に、マーケティングや営業に大きく投資して顧客基盤や売上を急拡大させるフェーズを指します。適切なタイミング(PMF後)で実行することが極めて重要であり、タイミングを誤ると事業を破綻させるリスクがあります。

トラクション (Traction)

事業が市場に受け入れられ、成長していることを示す客観的な指標や手応えのこと。具体的なデータ(売上、アクティブユーザー数、継続率など)で示される「勢い」を指します。トラクションは、事業が前進していることを示す最も分かりやすいエビデンスであり、投資家や社内の意思決定者への説明においても不可欠な要素です。

ピボット (Pivot)

仮説検証の結果に基づき、事業の方向性を大きく転換する「戦略的軌道修正」を指します。ターゲット顧客、課題、ソリューション、ビジネスモデルなどが修正対象となります。ピボットは「失敗」ではなく、学習を通じた合理的な意思決定であり、より成功確率の高い方向へリソースを再配分するポジティブなアクションとして捉えることが重要です。

分析・フレームワークに関する用語

ジョブ理論 (Jobs-to-be-Done / JTBD)

顧客は製品を購入しているのではなく、特定の状況下で片付けたい「用事(Job)」を成し遂げるために、その製品を「雇用(Hire)」している、という考え方です。顧客の表面的な属性ではなく、「どのような状況で、何を達成しようとしているのか」という文脈で顧客を理解するための強力な思考ツールであり、CPF(顧客課題)の解像度を格段に高めるのに役立ちます。

リーンキャンバス (Lean Canvas)

事業のビジネスモデルを1枚のシートに可視化するためのフレームワークです。「課題」「顧客セグメント」「独自の価値提案(UVP)」など9つの要素で構成され、ビジネスモデル全体を俯瞰し、チーム内で共有することを容易にします。特に、事業における「最もリスクが高く、優先的に検証すべき仮説は何か」を特定するのに非常に有効です。

UVP (Unique Value Proposition) / 独自の価値提案

顧客が抱える課題に対し、自社の製品が提供できる「他にはない独自の価値」を簡潔に表現したものです。「誰の、どんな課題を、どのように解決し、競合とどう違うのか」という約束を明確にします。UVPはマーケティングメッセージや製品開発の核となり、このUVPが魅力的であるかを検証することが、PSFやSPFの検証そのものと言えます。

ペイン (Pain) / ゲイン (Gain)

ペインは顧客が抱える「痛み」「不満」「悩み」を指し、ゲインは顧客が求める「喜び」「理想の状態」「便益」を指します。新規事業においては、ゲインの提供(あったら嬉しい)よりも、ペインの解消(ないと困る)の方が、顧客にとっての切実度が高く、事業として成立しやすい傾向があります。CPFの検証では、顧客が抱えるペインの深さを探ることが極めて重要です。

主要KPI・指標に関する用語

ユニットエコノミクス (Unit Economics)

事業の収益性を、顧客1人あたりや製品1単位あたりで測定する考え方です。代表的な指標に「LTV / CAC」があります。この指標が健全(利益が出る構造)でなければ、事業を拡大すればするほど赤字が膨らむことになり、事業の経済的な持続可能性を判断する上で不可欠です。

LTV (顧客生涯価値) / CAC (顧客獲得コスト)

LTV (Life Time Value) は、一人の顧客が取引期間を通じて企業にもたらす総利益。CAC (Customer Acquisition Cost) は、一人の新規顧客を獲得するためにかかった総コスト(広告費、営業人件費など)です。LTV > CACであることが事業成立の最低条件であり、一般的に「LTV / CAC > 3」が健全な事業の一つの目安とされます。

NPS (ネットプロモータースコア)

顧客ロイヤルティを測るための指標です。「この製品を友人や同僚に勧める可能性は?」という質問への回答から算出します。顧客満足度よりも、将来的な収益性との相関が高いとされ、PMFを測るための定量的指標の一つとして広く活用されています。

継続率 (Retention Rate) / 解約率 (Churn Rate)

継続率は、顧客が一定期間サービスを継続利用している割合。解約率は、顧客がサービスを解約した割合です。特にサブスクリプションモデルにおいて事業の健全性を示す最重要指標の一つであり、継続率の推移を示した「リテンションカーブ」が平坦になることは、PMF達成の強力なシグナルと見なされます。

開発・検証プロセスに関する用語

ユーザーインタビュー

顧客の課題やニーズ、製品利用の背景などを深く理解するために行う、1対1の対話形式の調査手法です。CPFやPSFの検証における中心的な活動となります。重要なのは、製品の機能説明や感想を聞くことではなく、「顧客自身の過去の具体的な行動や体験」について深掘りし、本質的な課題(ジョブ)やペインを明らかにすることです。

スプリント (Sprint)

アジャイル開発で用いられる、1〜4週間程度の短い開発・検証サイクルのことです。新規事業における仮説検証活動は、このスプリント単位で「計画 → 実行 → レビュー → 改善」のサイクルを回すのが一般的です。短いサイクルを繰り返すことで、迅速な学習と方向転換を可能にします。

プロトタイプ (Prototype)

製品の機能や画面遷移、操作感などを確認するために作成される「試作品」です。実際にコードを書かずに、Figmaなどのデザインツールで作成されることも多くあります。本格的な開発(実装)に入る前に、アイデアの具体的なイメージを関係者間で共有したり、後述のユーザビリティテストで利用したりする目的で作成されます。

ユーザビリティテスト (Usability Test)

作成したプロトタイプやMVPを、実際のユーザーに操作してもらい、その製品が「いかに使いやすいか(または、使いにくいか)」を評価するテストです。ユーザーが特定のタスクを達成する過程を観察し、「どこで迷ったか」「どこで誤操作したか」といった問題点を発見します。主にSPFの検証において、製品の操作性や体験価値を向上させるために実施されます。

A/Bテスト

特定の要素について2つのパターン(AとB)を用意し、どちらがより高い成果を出すかを、実際のユーザーの反応によって定量的に比較・検証する手法です。LPのキャッチコピー、Webサイトのボタンの色、メールマガジンの件名など、様々な要素の改善に用いられ、データに基づいた最適な意思決定を可能にします。

バックログ (Backlog)

開発チームが対応すべきタスクや要件を、優先度順に並べたリストのことです。「プロダクトバックログ」と呼ばれる製品全体の要件リストと、そこから特定の「スプリント」で実施するタスクを抜き出した「スプリントバックログ」があります。何から着手すべきかを明確にし、開発プロセスを整理・管理するための重要なツールです。


活用ガイドとまとめ - この用語集をチームの力に変えるために

ここまで、新規事業の現場で使われる様々な仮説検証用語を、その繋がりと段階を踏まえて解説してきました。しかし、この記事の価値は、一度読んで知識として蓄えるだけでは完結しません。チームの共有資産として日々の業務に組み込むことで、初めてその真価が発揮されます。

この用語集をチームの「資産」にする方法

本稿をチームの生産性を高めるツールとして活用するための、具体的な方法を3つ提案します。

1. 新メンバーのオンボーディング資料として

新しいメンバーがチームに加わった際、最初に読んでもらう必読資料として共有してください。これにより、チーム内で使われている言葉の定義や背景にある考え方を素早くキャッチアップでき、早期の戦力化と円滑なコミュニケーションを促進します。

2. 会議における「共通言語の辞書」として

議論が白熱したり、複雑化したりした際に、この用語集を参照しながら認識を合わせることを推奨します。「我々が今検証しようとしているのは、PSFですか?それともSPFですか?」「このトラクションは、PMFの兆候と言えるエビデンスでしょうか?」といったように、言葉の定義に立ち返ることで、議論のズレを修正し、本質的な対話に集中することができます。

3. 戦略策定の「チェックリスト」として

第2章で解説した「フィットジャーニー」は、事業戦略を策定・評価するための強力なチェックリストとして機能します。「CPFは十分に検証されたか?」「次のマイルストーンで達成すべきはSPFか、それともPMFの兆候を探ることか?」など、ジャーニーに沿って自社の現在地と次の目標を確認することで、戦略の抜け漏れを防ぎ、着実な前進をサポートします。

現場で特に注意すべき3つのポイント

数ある用語の中でも、特に現場で誤用されやすく、事業の方向性を誤らせるリスクのある3つのポイントを、改めて確認します。

  1. MVPの本質は「学び」であること
    MVPは「機能が少ない不完全な製品」ではありません。あくまで「仮説を検証し、学びを得る」ための最小限の道具です。この目的を見失うと、ただの中途半半端な製品開発に終わってしまいます。
  2. PMFは安易に宣言しないこと
    少し売れたり、ユーザーが増えたりしただけで「PMFした」と結論づけるのは危険です。PMFは、リテンションカーブやユニットエコノミクスといった客観的なデータに基づき、事業が「自律的に成長する仕組み」ができた状態を指します。慎重な判断が求められます。
  3. PoCとMVPの目的を混同しないこと
    「技術的に作れるか(PoC)」と「顧客に価値があり売れるか(MVP)」は、全く異なる問いです。この二つを混同すると、顧客不在の自己満足な製品開発に陥るリスクがあります。

まとめ:言葉の解像度が、事業の解像度を上げる

本稿で解説してきたように、言葉を正しく理解し、使いこなすことは、単なる知識の問題ではありません。それは、自分たちが今、事業開発という長く不確実な道のりのどの地点にいて、次にどの山を越えるべきなのかを、チーム全員が正確に把握するための地図とコンパスを手に入れることに他なりません。

「CPF」と「PSF」の違いを理解すれば、顧客不在のソリューション開発という罠を避けられます。
「SPF」と「PMF」の違いを理解すれば、製品の完成度と市場の受容性という異なる次元の課題を冷静に評価できます。
そして、「GTM」の存在を理解すれば、良い製品を作った後の「売り方」という次なる挑戦に備えることができます。

ぜひこの記事をブックマークし、チームで共有し、日々の業務の中でいつでも参照できる「共通言語」として役立ててください。

言葉の解像度を高めること。それが、あなたの事業の解像度を高め、成功への道を照らす最も確かな一歩となるはずです。

この記事をシェアする

事業を、次のステージへ。

ツールのご提供だけでなく、仮説整理や検証設計の壁打ちなど、 専門チームがあなたの事業に並走します。

まずは無料で相談する