
「事業展開等リスキリング支援コースを使ってAI研修を実施したいが、自社は対象になるのか」「75%助成という説明を見たものの、申請手順や必要書類が分からない」。このような企業担当者向けに、2026年度(令和8年度)の公式情報をもとに判断材料を整理します。
事業展開等リスキリング支援コースは、単に流行の研修を受けるための制度ではありません。新規事業、社内DX・GX、または企業内の人事・人材育成計画に基づく職務転換に必要な知識・技能を、計画的なOFF-JTで習得させる企業を支援する制度です。
この記事では、制度の対象、助成率、申請の流れ、研修会社へ確認する資料、AI研修で特に注意したい「研修」と「開発」の線引きまで、申請する事業者の視点で解説します。
POINT|AI研修を始める前に確認したいこと
事業展開等リスキリング支援コースをAI研修に活用する場合、手続きを行うのは受講企業です。研修内容や見積書を研修会社と整理したうえで、原則として研修開始日の6か月前から1か月前までに計画を届け出ます。研修後は、出席状況や支払いを確認できる書類をそろえ、終了日の翌日から2か月以内に支給申請を行います。助成の可否は提出内容の審査を経て決まるため、AI研修の契約前から管轄労働局へ相談しておくと進めやすくなります。
事業展開等リスキリング支援コースとは
事業展開等リスキリング支援コースは、人材開発支援助成金の一つです。厚生労働省は、事業主が雇用する労働者に対し、事業展開等に伴って必要となる新たな知識・技能を習得させる訓練を計画に沿って実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度としています。
2026年度の対象訓練は、大きく次の3つに整理できます。
- 新たな事業の立ち上げなど、事業展開に伴って必要となる訓練
- 企業内のデジタル・DX化、グリーン・カーボンニュートラル化に必要な訓練
- 企業内の人事・人材育成計画に基づき、今後従事する予定の職務に必要な訓練
したがって「生成AI研修だから対象」「ChatGPTを扱うからDX」という判断にはなりません。受講者の現在または今後の職務と研修内容がどう結びつくか、企業としてどの事業展開・DXを進めるのかを計画書で説明する必要があります。

厚生労働省「事業展開等リスキリング支援コースのご案内」(令和8年度版)。対象訓練、助成率、1人あたりの限度額がまとめられています。
制度の最新資料は、厚生労働省の人材開発支援助成金公式ページと令和8年度詳細版パンフレットで確認できます。
対象となる企業・受講者・訓練の基本条件
申請前に、次の3層を分けて確認すると判断しやすくなります。
企業側の主な条件
- 雇用保険適用事業所の事業主である
- 職業能力開発推進者を選任している
- 事業内職業能力開発計画を策定し、労働者へ周知している
- 事業展開等実施計画を作成できる
- 研修期間中も対象労働者へ賃金を適正に支払う
- 申請・審査に必要な書類を整備し、原則5年間保存する
- 労働局から追加資料や実地調査を求められた場合に協力する
受講者側の主な条件
- 計画届と訓練期間中に、申請事業所の雇用保険被保険者である
- 計画届の対象労働者一覧へ記載されている
- 通学制・同時双方向型では、原則として実訓練時間の8割以上を受講する
- eラーニング・通信制では、訓練実施期間中に修了する
訓練側の主な条件
- 通常業務と区別されたOFF-JTである
- 職務に関連する専門的な知識・技能を習得する訓練である
- 原則10時間以上である
- 事前に提出したカリキュラムと日程に沿って実施される
- 講師または教育訓練機関が制度上の要件を満たす
「実務で使える研修」であっても、受講時間中に通常業務の成果物をそのまま納品する、顧客対応や営業活動を行うなど、通常の生産活動と区別できない部分は対象外と判断される可能性があります。
2026年度の助成率と上限額
通常分の経費助成率と賃金助成額は次のとおりです。
企業規模 | 経費助成率 | 賃金助成額 |
|---|---|---|
中小企業 | 75% | 1人1時間あたり1,000円 |
大企業 | 60% | 1人1時間あたり500円 |
ただし、経費助成は「受講料×助成率」がそのまま全額支給されるとは限りません。受講者1人・1訓練あたりの上限があります。
実訓練時間・形式 | 中小企業 | 大企業 |
|---|---|---|
10時間以上100時間未満 | 30万円 | 20万円 |
100時間以上200時間未満 | 40万円 | 25万円 |
200時間以上 | 50万円 | 30万円 |
eラーニング・通信制 | 15万円 | 10万円 |
賃金助成は原則として1人1訓練あたり1,200時間が限度です。eラーニング、通信制、定額制サービスは経費助成のみで、賃金助成の対象外です。また、1事業所が1年度に受給できる助成額は1億円が上限です。
研修時間を増やしても経費助成が変わらない場合
研修時間は助成率を変えるものではありません。時間によって変わるのは、主に1人あたりの経費助成上限です。
たとえば中小企業が10人に対して総額50万円の研修を実施する場合、75%は37万5,000円です。10時間以上100時間未満の上限は1人30万円、10人で合計300万円なので、このケースでは上限に届きません。20時間から50時間へ増やしても、経費助成の概算は37万5,000円のままです。
一方、高額な長期研修で「受講料×75%」が人数分の上限を超える場合は、100時間または200時間の区分をまたぐことで上限が変わる可能性があります。
公式事例から助成額を読み解く
厚生労働省のリーフレットには、中小企業がドローン測量の訓練を実施する例が掲載されています。
- 訓練時間:30時間
- 受講者:3人
- 研修費:1人30万円、合計90万円
- 導入する測量用ドローン:80万円
通常分の例では、経費助成が67万5,000円(30万円×75%×3人)、賃金助成が9万円(30時間×1,000円×3人)とされています。さらに要件を満たして設備投資加算を申請する例では、導入費用80万円の50%に当たる40万円が示されています。
ここで注意したいのは、経費助成、賃金助成、設備投資加算は、それぞれ異なる費用を対象とすることです。賃金助成を研修会社への受講料から差し引いて「研修費が実質ゼロ」と説明するのは適切ではありません。
事業展開等リスキリング支援コースの申請手順
申請は、計画提出、訓練実施、支給申請の順に進みます。

厚生労働省の公式リーフレットに掲載された申請フロー。計画届は研修開始前、支給申請は研修終了後に行います。
Step 0:社内体制を整える
最初に職業能力開発推進者を選任し、事業内職業能力開発計画を策定して労働者へ周知します。研修会社を決める前に、次の問いへ答えられるようにしておくと計画が具体化します。
- どの事業展開・DXを進めるのか
- どの職務を誰が担当するのか
- 現在不足している知識・技能は何か
- 研修後に何を実行できる状態を目指すのか
Step 1:研修開始前に計画届を提出する
原則として訓練開始日の6か月前から1か月前までに、管轄労働局へ計画届を提出します。主な書類は次のとおりです。
- 職業訓練実施計画届(様式第1-1号)
- 事業展開等実施計画(様式第1-3号)
- 対象労働者一覧(様式第3-1号)
- 事前確認書(様式第11号)
- 研修カリキュラム・受講案内
- 研修会社との契約書、申込書、見積書など
電子申請にはGビズIDが必要です。計画届を紙で提出した後、同じ計画の変更届や支給申請だけを電子申請へ切り替えることはできないため、最初に提出方法も決めます。
Step 2:計画に沿って研修を実施する
研修中は次の記録を残します。
- 研修日ごとの開始・終了時刻
- 休憩時間
- 出席、欠席、遅刻、早退
- 受講者ごとの実受講時間
- 当日実施した科目・演習
- 使用教材、課題、評価結果
日程、実施場所、講師、実訓練時間、研修内容などを変更する場合、原則として変更後の研修を実施する前に変更届が必要です。変更届を出さずに実施した部分は対象外になる可能性があります。
Step 3:研修終了後に支給申請する
原則として訓練終了日の翌日から2か月以内に支給申請します。主な書類は次のとおりです。
- 支給要件確認申立書
- 支給申請書(様式第4-2号)
- 賃金助成の内訳(様式第5号)
- 経費助成の内訳(様式第6-2号)
- OFF-JT実施状況報告書(様式第8-1号)
- 対象者の雇用契約書・労働条件通知書
- 賃金台帳または給与明細
- 出勤簿またはタイムカード
- 受講料の請求書・領収書・振込記録
- 支給申請承諾書(訓練実施者・様式第12号)
- 受講料等の価格設定に関する疎明書(様式第28号)
支給申請までに、申請事業主が訓練経費を全額負担している必要があります。研修会社からの返金、協賛金、広告費などにより実質的な負担が減る仕組みは、不支給や不正受給と判断されるリスクがあります。
受講企業と研修会社で分担する資料
申請準備が止まりやすいのは、誰がどの資料を用意するか決まっていないときです。
受講企業が用意するもの | 研修会社へ依頼するもの |
|---|---|
事業内職業能力開発計画 | 研修目的・到達目標 |
事業展開等実施計画 | 日別カリキュラム・時間割 |
対象労働者一覧 | 料金体系と費用内訳 |
雇用契約書・労働条件通知書 | 講師経歴・講師要件の資料 |
賃金台帳・出勤簿 | 出席簿・実施記録 |
振込記録・総勘定元帳 | 修了証・実施証明 |
支給申請書・助成額内訳 | 様式第12号への記入・承諾 |
社内の申請責任者 | 価格設定を説明する資料 |
研修会社が「助成金対応」と表示していても、支給を保証できるわけではありません。カリキュラム、講師要件、料金内訳、実施記録、様式第12号への対応まで具体的に確認してください。
民間の研修会社にベンダー登録は必要か
このコースでは、研修会社が厚生労働省のベンダー名簿へ事前登録する一般的な仕組みはありません。ただし、事業外訓練を提供する民間の教育訓練機関には要件があります。
- 申請企業以外の事業主または事業主団体が設置する施設を運営し、委託を受けて訓練を提供する
- 計画提出日までに、定款・登記簿等の事業目的へ教育訓練事業が記載されている
- 日本国内の法人である
- 不正受給関係者が経営・運営に関与していない
- 支給申請承諾書の内容に同意し、労働局の審査へ協力する
また、受講企業が自ら企画・主催し、外部講師を招く形式は「事業内訓練」と判断されることがあります。この場合、部外講師の謝金は実訓練1時間あたり3万円が上限となるなど、事業外訓練とは対象経費の考え方が異なります。完全オーダーメイド研修では、どちらに該当するかを契約前に管轄労働局へ確認するのが安全です。
AI研修で対象経費を分けるポイント
AI研修では、訓練と受託開発・コンサルティングが同じプロジェクトに含まれやすいため、見積書の分け方が重要です。
研修費として整理しやすいもの
- 生成AI・AIエージェントの基礎講義
- 情報管理、著作権、出力評価などの講義
- 業務フローを題材にした演習
- AIの試作方法を学ぶハンズオン
- 受講者が作成した試作品への講師レビュー
- 研修教材・演習課題
別費目に分けたいもの
- 研修会社が完成品を納品するAIシステム開発費
- 業務コンサルティング費
- データ移行・システム連携費
- 通常業務で利用するソフトウェア・PC
- 研修後の保守、運用代行、継続開発費
「AI研修・システム開発一式」と記載するのではなく、研修受講料、教材費、開発費、伴走支援費を分けます。さらに、研修中の演習が受講者の技能習得を目的としていることを、カリキュラムと評価方法で示します。
申請前に確認したい失敗パターン
研修開始後に助成金を調べ始める
計画届は原則1か月前までです。契約後すぐ研修を始めるスケジュールでは間に合いません。
「DX研修」とだけ書き、事業計画との関係を説明できない
ツール名ではなく、事業展開・職務・不足技能・到達目標のつながりを示します。
見積書が一式表記になっている
システム開発やコンサルティングを含む場合は、訓練経費との区分が必要です。
日程変更を口頭だけで済ませる
計画と実績が異なる場合、変更届の提出期限を確認します。
助成金を差し引いた金額だけ支払う
助成金は後払いです。申請企業が支給申請までに対象経費を全額負担した証拠が必要です。
賃金助成を受講料の値引きとして説明する
賃金助成は研修中に支払う賃金に対する別枠の助成です。研修費の自己負担とは分けて試算します。
公式申請書と確認先
申請様式は改定されるため、計画届や支給申請を行う時点の最新版を使用してください。
- 事業展開等リスキリング支援コースの申請書ダウンロード一覧
- 職業訓練実施計画届・様式第1-1号(Excel)
- 事業展開等実施計画・様式第1-3号(Excel)
- 対象労働者一覧・様式第3-1号(Excel)
- 支給申請書・様式第4-2号(Excel)
- 経費助成の内訳・様式第6-2号(Excel)
- OFF-JT実施状況報告書・様式第8-1号(Excel)
- 支給申請承諾書・様式第12号(Excel)
- 受講料等の価格設定に関する疎明書・様式第28号(Word)
- 雇用関係助成金ポータル
判断が難しい場合は、受講企業の所在地を管轄する都道府県労働局またはハローワークへ、カリキュラム、見積書、契約案、講師経歴を持参して確認します。
事業者が申請準備を進める順番
最後に、担当者が社内で進める順番をまとめます。
- 事業展開・DXの目的と対象業務を決める
- 受講対象者と研修後の職務を整理する
- 10時間以上のカリキュラムと見積書を研修会社から取得する
- 研修費と開発・コンサルティング費を分ける
- 管轄労働局へ事前相談する
- 研修開始1か月前までに計画届を提出する
- 計画どおり研修を実施し、出席・時間・内容を記録する
- 対象経費を全額支払う
- 研修終了後2か月以内に支給申請する
事業展開等リスキリング支援コースは助成率だけを見ると魅力的ですが、重要なのは、事業計画、対象者の職務、カリキュラム、実施記録、支払い証拠を一貫させることです。まず研修内容を決め、その後に制度へ当てはめる順序で検討してください。
AI研修の対象範囲や見積書の分け方を整理したい場合は、inovieの法人向けAI研修からご相談ください。助成金の概算はAI研修助成金シミュレーターでも確認できます。
制度情報確認日:2026年7月13日。出典:厚生労働省「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)のご案内(詳細版)」令和8年5月14日版、および令和8年度版リーフレット。実際の支給可否は管轄労働局の審査で決まります。