
「この市場、すでにA社が成功してるじゃないか。つまり顧客の課題は証明済みだ。我々はもっと安く、もっとイケてるデザインにすれば、絶対に勝てる!」
新規事業の企画会議。こんなセリフ、一度は聞いたことがありませんか?
リーダーのこの一言で、チームの士気は一気に高まります。成功への道筋が見えたようで、誰もがワクワクする瞬間です。
しかし、一歩引いて考えてみてください。その考えこそが、数多の後発事業を墓場に送ってきた、恐ろしく甘い「罠」なのです。
この記事では、なぜ「競合の存在=課題の証明」という安易な考えが致命的なのか、そして、あなたの貴重な時間と資金をドブに捨てないために不可欠な「CPF(カスタマー・プロブレム・フィット)」の重要性を、リアルな失敗イメージを交えて徹底解説します。
CPFとは?なぜPMFの前に「絶対」必要なのか
本題に入る前に、キーワードとなる「CPF」をサクッと説明します。
- CPF (Customer-Problem Fit): 顧客が抱える課題を、正しく深く理解できている状態。「そうそう、まさにそれで困ってたんだよ!」と顧客が膝を打つレベル。
- PMF (Product-Market Fit): 作ったプロダクトが市場(マーケット)に受け入れられ、売れまくる状態。
多くの人がPMFを目指しますが、CPFはその大前提。家を建てる前の「土地選びと地盤調査」です。どんなに立派な家(プロダクト)を設計しても、沼地(見当違いの課題)の上に建てたら、あっという間に沈んでしまいますよね。
競合の成功を見て「土地はある!」と判断し、地盤調査(CPF)をすっ飛ばして家を建て始める。これが失敗への最短ルートなのです。
PMFまでのロードマップはこちら
「競合の成功」を拠り所にする3つの罠
「でも、成功している競合がいるんだから、課題があるのは事実じゃないか?」
そう思う気持ちは痛いほどわかります。しかし、その考えには3つの大きな落とし穴があります。
罠1:課題の「解像度」が絶望的に低い
競合のプロダクトを見てわかるのは、彼らが提供している「解決策(What)」だけです。しかし、ビジネスの核は、その奥にある「顧客の根源的な欲求(Why)」。
例えば、「ドリルを買いに来た人が欲しいのは、ドリルではなく『穴』である」という有名な話があります。競合のドリルを真似して、もっと安いドリルを作っても、顧客が本当に欲しかったのが「もっとキレイな穴」や「もっと静かに開けられる穴」だったらどうでしょう?表面的な模倣では、顧客の心の奥底にある欲求(Why)には絶対に届きません。
罠2:競合が「見捨てた場所」に眠るお宝を見逃す
先行する競合も万能ではありません。彼らのサービスに100%満足しているユーザーばかりではないはずです。
「この機能は便利だけど、実は〇〇が超めんどくさい」
「ニッチすぎて相手にされないけど、私たちはここに困ってる」
こうした「競合が解決しきれていない不満」こそ、後発事業にとって最大のチャンスであり、掘り当てるべきお宝です。しかし、競合ばかりをベンチマークしていると、そのお宝が足元に転がっていることすら気づけません。
罠3:消耗戦必至の「レッドオーシャン」に自ら飛び込んでしまう
競合と全く同じ課題認識で市場に参入すれば、何が起こるか?答えは明白です。待っているのは「価格競争」と「機能追加合戦」という泥沼の消耗戦。
すでに顧客基盤とブランド力を持つ先行者と同じ土俵で、体力勝負を挑む。これは、スタートアップや新規事業チームにとって、最も分が悪い戦い方です。
フードデリバリー参入、明暗を分けたCPFの有無
この話を、架空のフードデリバリー市場への参入ストーリーで、もっと具体的に見ていきましょう。
市場には巨人「デリバリーキング」が君臨しています。
失敗するA社:競合の「What」だけを真似た末路
A社の企画チームは、意気揚々と事業計画を立てました。
A社の思考プロセス:
「デリバリーキングがこれだけ流行っている。つまり『レストランの料理を家で食べたい』という巨大な課題があるのは間違いない。彼らの弱点は手数料の高さと配達時間だ。我々は手数料を5%下げ、独自の配達網でスピードを売りにすれば、マーケットを奪えるはずだ!」
彼らはCPFの検証を「不要」と判断し、デリバリーキングそっくりのアプリ開発に巨額の資金を投じました。
結末:
最初は「安くて早い」と話題になりました。しかし、デリバリーキングが対抗して値下げキャンペーンを打つと、価格優位性は一瞬で消滅。使い慣れたアプリから顧客を奪い続けることはできず、資金がショート。鳴かず飛ばずで事業撤退を余儀なくされました。
A社は、競合が作った土俵の上で、競合のルールで戦い、体力の差で完敗したのです。
成功するB社:CPFで顧客の「Why」を掘り当てた戦略
一方、B社のチームは全く違うアプローチを取りました。
B社の思考プロセス:
「デリバリーキングの存在は、市場がある証拠だ。だが、彼らが解決できていない、あるいは見過ごしている『別の課題』が必ずあるはずだ。まずはそれを探そう」
彼らは開発を始める前に、徹底的な顧客インタビューを実施しました。デリバリーキングのヘビーユーザー、ライトユーザー、そして「使わない人」。様々な人に「Why(なぜ)」を問い続けました。
そこで見つけたのが、ある切実なインサイトでした。
発見したインサイト(真の課題):
「共働きの30代夫婦は、平日の夜にデリバリーをよく使う。でも、レストランの料理は味が濃かったり、脂っこかったりして、毎日のように食べることに罪悪感がある。本当は『栄養バランスの取れた家庭的なごはん』が食べたいけど、作る時間も気力もない…」
B社はここで、自分たちが解くべき課題を再定義しました。
彼らが狙うべきは「レストランの料理を食べたい」という巨大市場ではなく、「忙しい平日でも、罪悪感なく健康的な夕食を食べたい」という、切実で、まだ誰も解決していない課題だと確信したのです。
MVP(最小限のプロダクト)と結果:
彼らは大規模なアプリは作らず、まず管理栄養士が監修した「家庭的な日替わり定食」を自社で調理し、LINEで注文を受け付け、近隣エリア限定で届けるという小さなサービスから始めました。このサービスは、特定の悩みを抱える層に爆発的にヒット。「こういうのが欲しかった!」という熱狂的な口コミが広がり、サービスは急成長。彼らはデリバリーキングとは全く競合しない、「健康的な家庭料理のサブスク」という新しい市場を創造し、その第一人者となったのです。
答えはPCの中にはない。顧客の“生の声”の中にある。
さて、ここまで読んでくださったあなたは、もう「競合がいるから顧客課題を探さなくてもよい」なんて危険な考えは、綺麗さっぱり捨てられたはずです。
もちろん、競合分析をサボっていいわけじゃありません。彼らが何をして、なぜウケているのかを知ることは、巨大なヒントになります。でも、それはあくまで「他人の成功事例」であって、あなたの事業の「成功マニュアル」ではないのです。
僕たちが本当に見つけるべき「勝てるアイデア」は、競合のサービスサイトをいくら眺めていても、分厚い市場データを読み込んでも、決して見つかりません。
じゃあ、どこにあるのか?
- 「ああ、便利だけど、なんか違うんだよな…」
- 「もっとこうだったら、月額500円高くても絶対使うのに!」
- 「なんで誰もこの不便さを解決してくれないんだよ!」
こんな、ユーザーが思わず口にしてしまう“本音”や“不満”の中にこそ、あなたの事業が勝てるヒント、いや、「答え」そのものが隠されています。
だから、今すぐそのPCを閉じて、会議室を飛び出しましょう。そして、未来のお客さんになるかもしれない“誰か”の話を聞きに行くんです。一杯のコーヒーをおごって1時間話すだけで、あなたの事業を救う1億円の価値がある気づきが得られるかもしれません。
競合が築いた王国のすぐ隣に、あなただけが発見できる新しい大陸が眠っています。その宝の島を見つけに行く冒険こそが、後発事業の醍醐味であり、唯一の勝ち筋なのです。